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●能楽師と行く河内めぐり〜高安の巻〜

2007年11月4日(日)

近鉄信貴線服部川駅。大阪線山本駅より乗り換えて一駅の、のんびりした風景。服部川駅
駅舎もこじんまりして、どこまでものどか。

早朝から青空と暖かい日差しでハイキング日和〜♪
と思っていると、日差しがだんだんきつくなってきた。日焼けしそうでいやだ!

今回は案内役の山中師の他に、八尾歴民友の会の松江氏による詳細な史跡解説が加わる豪華な布陣。
参加者も30名を数え、「能楽師と行く」始まって以来の大賑わいとなった。

ルートは八尾市が整備した史跡の道を辿っていく。
歩き始めて間もなく、参加者のみなさんは初めての注目ポイントとあってか、夫々が早速写真撮影を開始・・・

俊徳丸鏡塚

俊徳丸鏡塚古墳の入口は下見の時とは打って変わって、雑草が綺麗に刈り取られていて
内部への侵入も容易。皆さん、行列を作って中に入った。
外では松江講師から古墳の由来についての説明。
古墳時代後期(6世紀)の古墳がどうして中世説話の俊徳丸伝説と結びついたのかは不明。
山中さんからも「弱法師」についての説明がある。 

  

佐麻多度神社に立ち寄る。トイレ休憩。ハイキングコースがこの場所から出ていた。佐麻多度神社の力石
力石が安置されている。

高安の里は秋らしいたたずまい。
道中、柿がいっぱい実をつけていた。オレンジ色ではなくて、正に柿色が景色に生える。

          宝積寺俊徳丸鏡塚鏡塚内部

おとごえの道

おとごえの道に出た。在原業平の茶屋の娘(高安の女)が業平を追った道だと言い伝えられる古道。
「自販機のある場所最終地点!」と参加者のN氏のグッド(バッド)ジョークに皆爆笑。

おとごえの道標途中、かやぶきの家があったりで暖かい日差しの中、夫々が楽しそう・・・
写真好きの参加者がシャッターを盛んに押している

「府民の森」の立て札を越え、「右 おとごえのほうじょうじ」(?)の道標の辺りから視界が開け
下界の景色が素晴らしい・・・



道はかなりの急斜面で、少ししんどそうな方も。
脇には、ケイトウの花やキク科の花が咲き乱れている。

 

大阪方面高安山を望む

玉祖神社

芝塚古墳跡を経由して、玉祖神社到着。
松江講師による解説。山中さんからは「井筒」についての説明。玉祖神社
神社を管理している氏子さんがやってきて、神社の由来資料を頂く。
昨日、氏子さんたちの餅つき大会があったそうだ。
3年後は1300年記念祭ということもあって記念イベントを企画中とのこと。
早速、薪能の実施を売り込む。

しばらく休んだ後出発。

神社のすぐ近くには、高安の女が身を投げたという池があり(他にも数箇所候補がある)
由来を松江講師より説明。

 

玉祖神社 玉祖神社

神立茶屋辻十三街道

十三街道に出る。 道端の地図を使って十三峠越えについての説明。 
業平が茶屋の女を見初めたという神立茶屋辻。勿論現在では茶屋は残っておらず、
(元茶屋を営んでいたという家は建て替えて、近代的な建築に変わっていた)
石碑だけが立っていた。
付近には高安の女が詠んだという歌碑があり、ここで説明。

 

神立茶屋辻十三街道の双子地蔵業平の歌碑

◇帰路へ

急な下り坂。
家々の表に、取れたて野菜などの無人販売。大きなさつまいもや、でかい茄子。
「お花が安いわ〜」とお買い物する人も。 

向山古墳を経由して八尾市立歴史民族資料館でトイレ休憩。尾市立歴史民俗資料館 
少し遅れ気味。電車の時間が気がかり。

 

12:20 服部川駅。全員到着、無事乗車できた。
レストランでのランチが待っている。皆さん電車の中でほっと一息。
お腹がすいてきた。

〈第2部 茶室のあるお屋敷で能鑑賞〉

いずみ苑第2部は高安駅近くにあるいずみ苑にて、
本日訪れた場所に因んだ能の仕舞を見学。
舞うのは観世流能楽師の生一知哉氏。

更に30人余りの参加者が加わり、
スタッフを含め約80名が能を堪能。

 

業平の高安通い  
井筒

在原業平が大和国から十三峠を越えて玉祖神社に参拝したおり、神立茶屋辻にあった福屋という茶店の娘、梅野を見初め、しばしば通うようになった。
ある日、いくら笛を吹いて呼んでも娘が家から出てこないため、不思議に思い東の窓から中を伺うと、手ずからご飯を器に盛って食べている娘の姿が見えた。業平はその姿を見てすっかり興醒めし、持っていた笛を置いて逃げるように帰っていった。娘は悲しみのあまり近くの池に身を投げて死んでしまったという。

この言い伝えにより、神立地区では母屋の東側に窓を作ると縁談が来なくなるといわれていた。また業平が残していったとされる笛が玉祖神社に伝わっている。

俊徳丸伝説  
弱法師

俊徳丸は、高安郡山畑村に住んでいたとされる伝説上の人物である。

俊徳丸は四天王寺の聖霊会で稚児舞楽を演じることとなった。この舞楽を見た隣村の蔭山長者の娘は俊徳丸に一目惚れし、二人は恋に落ち将来を誓う仲となった。
しかし俊徳丸は我が子を信吉長者の跡継ぎにしたいと願う継母から呪いをかけられ、失明させられてしまったうえ病気になり家から追い出されてしまった。俊徳丸は何とか四天王寺に行き着きつくものの物乞いする状態にまで成り果てた。この話を聞いた蔭山長者の娘は俊徳丸を探しだして再会した。二人が観音に病気治癒の祈願したところ、俊徳丸の病気は治り、その後二人は夫婦となって蔭山長者の家で幸福な人生を送ったという。

俊徳丸が高安から四天王寺へ通ったとされる道筋は「俊徳道」と呼ばれ、沿道の広範囲にわたり『俊徳』と冠される施設・旧跡などが点在する。

 

 

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