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●能楽師と行くなにわめぐり〜阿倍野の巻〜 

2006年11月19日(日)

春の住吉に続いて半年振りのまち歩きです。天候は…これも前回と同じくの雨天(;_:)肌寒くもあります。よくよく天気に恵まれていないなとボヤキながらのスタートでしたが、参加者は皆期待を持って集まってくれました。
今回も案内人の能楽師・山中雅志さんは羽織袴で登場です。

◇松虫塚松虫塚

集合場所はJR天王寺駅。申込7名のうち、遅れて参加する一人を除く6名+スタッフでまずはスタートしました。
最初は天王寺駅前より阪堺電車に乗りこみ、松虫駅まで移動します。チンチン電車の風情をしばし味わい、5分ほどで松虫着。
ここから、まち歩きが始まりましたが、歩き始めて間もなく、雨が降り出しました。ここまで何とかもっていたのに、嗚呼… 恨めしい気持ちで空を見上げました
住宅街を抜けて松虫通に出ると、すぐに松虫塚があります。地元の人の手によるのでしょうか、塚の周りは手入れが行き届いています。この塚を大事にしようとする地元の想いが伝わってくる。
ここは謡曲「松虫」の舞台となった場所。山中氏の説明によれば、古来阿倍野は安倍氏の領地であり、高貴な人の隠棲の場所であったそうです。一面の野原で松虫(鈴虫)の声が響いていたそうな。中には政治的に失脚した高位・高官も少なからずいたという。
謡曲は死んだ友を偲んで一人松虫の声を聞きながら酒を酌む男の心情と、亡霊となって現れた友人との交歓を描いたものだと書物では解説されているが、実は同性愛のことらしい。しかも当時では名を出すのが憚られる高位の人だったのではと山中氏は推測します。
新旧様々な塚があるその前で、謡を披露しながら、今やすっかり街中となったこの地の古に思いを馳せました。

◇熊野街道と安倍晴明神社・阿部王子神社

謡の最中、雨はますます激しくなり、そのため、この後予定していた聖天山はカットし、そのまま阿倍野筋方面に出るコースに変更しました。
熊野街道沿いに安倍晴明神社と阿倍王子神社を訪ねました。熊野街道の碑

熊野街道は京から熊野まで続く、平安後期から中世にかけて大流行となった熊野詣の参詣道です。
熊野までの長い道中には九十九王子と呼ばれる社が置かれ、旅の途中の安全を祈願したり、宿泊施設にもなったといいます。
現存するものは少なく、阿倍王子神社は大阪市内に5箇所あった王子のうち唯一残ったものです。

安倍晴明像 「陰陽師」で一躍ブームとなった安倍晴明は一説にはこの地で生まれたという伝説があります。安倍晴明神社はその生誕地に建立されたということです。
この神社も晴明ブームとともに、俄かに訪れる人が増えたようで、境内には安倍晴明像が、社務所内には占いコーナーがありました。ブームの御利益はあったのでしょうか?
ここでは晴明が登場する「鉄輪」を謡いました。阿部王子神社

一方の阿部王子神社は七五三の真っ最中で、この雨の中にも拘らず、何組かの親子がお参りに来ていました。こちらで謡った曲は、熊野権現の霊験を謳った「俊寛」「正尊」でした。
また、遅れてきた参加者がここで合流し、参加者が揃いました。

◇北畠顕家の墓と播磨塚・小町塚

北畠顕家の墓あべの筋を渡って南へ行くと、北畠公園があり、公園内に北畠顕家の墓があります。
顕家は南北朝時代の公家で、南朝の重鎮として自ら刀を取って足利尊氏の軍勢と戦い、阿倍野の地で戦死しました。墓は江戸時代に国学者によって築かれました。
北畠の地名は勿論、顕家にちなんだもので、同じ阿倍野区には顕家とその父、親房を祭った阿倍野神社があります。

墓から7〜8分歩き、一目見て表通りからは気づかない路地に入ると、住宅がすれすれに建つ狭い空間に播磨塚と小町塚が仲良く並んでいました。
播磨塚は足利方の武将、赤松氏が北畠軍と戦って戦死した兵士たちを弔って築いた塚で、南北朝それぞれに所縁のある史跡が近隣に存在するというのが面白いです。
小町塚は小野小町がこの地で余生を送ったという伝説に因んで築かれたもの。
小野小町も絶世の美女でありながら、落剥のイメージが付きまといます。播磨塚と小町塚
小町に因んだ謡曲は「卒都婆小町」。
老いた小町と弘法大師が出会うのですが、他の流派がこの邂逅の場所を深草にしているのに対し、観世流では舞台を阿倍野に設定しています。歴史の解釈の違いが感じられ、興味深いです。

ようやく雨は小降りになり、庚申街道を抜けて、解散場所の山中能舞台に向かいます。
途中、参加者で、この付近で生まれ育ったという仰る方がいたので、その場所を通りました。
能舞台に着くと、熱いお茶で雨で冷えた身体をしばし温めます。
舞台上で山中氏が「卒都婆小町」を披露しました。

約3時間の行程でしたが、悪天にも関わらず、参加者の皆さんは熱心に説明や謡に聞き入り、時には鋭い質問を能楽師に投げかけたりして、満足のようでした。

 


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